2026年4月、自動車リサイクル業界で「資源回収インセンティブ制度」という新しい制度が始まりました。業界紙やニュースでは「解体業者に新たな収益機会」と紹介されることが多く、同業の方から「おたくはやるのか」と聞かれる機会も増えています。
先に結論を書いてしまうと、筆者の会社では、今のところ参加を見送っています。制度の趣旨には賛成ですし、いずれ取り組みたいとも思っています。それでも今は動かない——その判断を、現場の実務数字を出しながら説明するのが本記事です。制度そのものをフラットに知りたい方にも、前半部分が概要の整理として役立つはずです。
資源回収インセンティブ制度の仕組みをかんたんに
制度の骨格はシンプルです。
車を解体して金属や部品を取り出した後に残る「廃車ガラ」は、破砕業者で細かく砕かれ、最後にASR(自動車破砕残さ)と呼ばれる細かなくずが残ります。このASRの処理費用は、車の所有者が新車購入時などに預けたリサイクル料金(預託金)から支払われています(この預託金の仕組みはリサイクル預託金の解説記事で詳しく書きました)。
資源回収インセンティブ制度は、解体業者などがASRになる前の段階でプラスチックやガラスを回収したら、ASRが減った分の処理費用を「インセンティブ」として回収した業者に支払うという仕組みです。原資はもともと預けられているリサイクル料金の一部で、新しい税金や負担金ではありません。
ポイントを整理すると次のとおりです。
- 開始: 2026年4月
- 対象品目(開始時点): PP(ポリプロピレン)製のバンパー・内装材、サイドガラス
- 参加方法: 個社単独ではなく、解体業者・破砕業者・原材料メーカーなどでコンソーシアム(共同事業体)を組み、一連の工程を管理する「管理会社」を立てて審査を受ける
- 国内循環要件: 回収した樹脂を安易に海外へ輸出するだけではインセンティブは受けられず、国内中心の資源循環に引き渡すことが求められる
なぜ国は今、プラ回収を進めたいのか
背景にあるのは欧州の規制です。EUの新しいELV(使用済自動車)規則では、施行から一定期間後に、欧州で販売する新車に再生プラスチックを25%使用し、さらにそのうち25%は廃車由来とすることが義務付けられる見込みです。達成できないメーカーは欧州で車を売れなくなるため、日本の自動車メーカーにとっても他人事ではありません。
一方で日本の現状を見ると、廃車由来のプラスチック回収量は年間およそ900トン。ASRの中に含まれるプラスチックは推計で年間14万トンとされているので、素材として再生されているのはごく一部で、大半は焼却(熱回収)に回っています。「廃車のプラスチックを素材として国内で回す」流れを作りたい——制度の狙い自体は、業界に身を置く者として真っ当だと思います。
現場の本音①: そもそも取れるプラスチックの量が限定的
では、なぜうちはまだやらないのか。1つ目の理由は、1台の車から回収できる対象プラスチックが思いのほか少ないことです。
制度の対象になっているのはPP材のバンパーや内装材などですが、車の重量の大半は金属です。バンパーを前後外して、ダッシュボードや内装トリムを外して——と手を動かしても、1台から取れるPP材は限られます。取り外しには人手と時間がかかり、外した後も、樹脂種ごとの分別・保管場所の確保・運搬に足るロットがまとまるまでの在庫管理が、すべて現場の負担として乗ってきます。
現場の本音②: 鉄40円とプラ25円——数字が合わない
2つ目の理由は、単純に数字が合わないことです。
筆者の会社の直近の取引感覚でいうと、鉄スクラップの買取相場はキロ40円前後。一方、回収した廃プラスチックの買取はキロ25円前後です(いずれも地域・品位・時期で変動します。あくまで一つの実務値としてお読みください)。
この差が意味するのは、こういうことです。中小の解体業者にとっては、プラスチック部品をわざわざ人手をかけて外して安い単価で売るより、従来どおり廃車ガラごと破砕業者に引き渡してしまうほうが、手間をかけずに収益が上がる。ガラはまとめて引き取ってもらえて、計量もお金の流れもシンプルです。インセンティブが上乗せされるとしても、取り外しの人件費・保管スペース・物流の段取りまで含めて計算すると、今の単価差では逆転しません。
この感覚は、制度側のデータにも表れている
「それはお前の会社の事情だろう」と言われそうですが、業界全体の数字も同じ方向を向いています。制度の認知度は高い一方で、参加意向を示している事業者は約4割にとどまると報告されています。単独で制度を活用できる大規模事業者は約2割で、残りの約8割を占める中小事業者が制度成功の鍵とされているのですが、その中小にとってはコンソーシアム組成・品質管理・物流といった参加ハードルが高い。中小を束ねる「管理会社(商社機能)」の担い手が足りていないことも、制度側の資料で指摘されているとおりです。
つまり「趣旨はわかるが、今の条件では動けない」というのは、筆者だけの感想ではなく、業界の多数派の実情だということです。
どうなったら参加するか——筆者の分岐点はキロ80円
誤解のないように書いておくと、筆者はこの制度を否定していません。EUの規制が本格的に効いてくれば、廃車由来の再生プラスチックは「作らなければならない素材」になり、需要が価格を押し上げる可能性は十分あります。
筆者の中の分岐点は明確で、廃プラスチックの買取相場がキロ80円前後まで上がったら、うちでも取り組みたいと考えています。そこまで来れば、取り外しの人件費と保管・物流の手間を織り込んでも、鉄と並ぶ「外す価値のある素材」になるからです。相場と制度の運用状況は今後も定点観測して、このコラムで続報を書くつもりです。
車を手放す人にとって、この制度はどんな意味があるか
最後に、このメディアの本来の読者——車を手放そうとしている方にとっての意味を書いておきます。
この制度の原資は、あなたが車の購入時に預けたリサイクル料金です。制度が回り始めても、廃車時の買取額や手続きがすぐに変わるわけではありません。ただ、あなたの車のバンパーや内装が「燃やされるくず」から「次の車の材料」に変わっていく流れは、確実に始まっています。手放した車がどこへ行くのかに興味を持ってもらえたら、業界の人間としては嬉しいところです。
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まとめ
- 資源回収インセンティブ制度は、ASRになる前にPPバンパー・内装材やガラスを回収した業者に、浮いた処理費用を支払う仕組み(2026年4月開始・原資は預託金)
- 背景にはEUの再生プラスチック使用義務があり、国内の回収量(年900トン)と潜在量(年14万トン)のギャップを埋める狙いがある
- ただし中小の現場では、鉄40円/プラ25円前後という単価差と回収量の少なさから、廃車ガラごと破砕業者に渡すほうが合理的なのが現状
- 筆者の参加分岐点はプラ買取キロ80円前後。相場が動けば判断も変わる
なお、本記事の制度内容は2026年時点の情報に基づくもので、相場数字は筆者の実務上の体感値です。制度の正確な要件・最新情報は、経済産業省の制度ガイドラインや自動車リサイクル促進センター(JARC)の特設サイトでご確認ください。